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拡散《中共政府は、血に呪われた天安門広場の名称を変えたら如何か!》

China中国War history戦争の史実

This post was written in Japanese. It is shown here in English using Google’s machine translation, so some wording may be rough.


※写真は、梅雨空の彩り「紫陽花」

拡散《中共政府は、血に呪われた天安門広場の名称を変えたら如何か!》

■中国共産党は、1921年7月に創立されて本年7月で90周年になります。

その創立者12名中6名(初代総書記陳独秀・李大「金リ」・李達・薫必武・李漢俊・周仏海)は、日本留学組だった。

また、中国近代国家建国の父と崇められている孫文の革命家生活約40年の3分の1は、戦前の東京で生活していた。

ところが、現中国共産党政府は、日本の戦前を口汚く「軍国主義国家」と批判しているが、中国近代国家建国の父や中国共産党創立者の過半数は、戦前の日本から支援されたり、学んでいたのであり、それらの事実を、本年7月1日の中国共産党創立90周年記念式典で冷静に総括していただきたいものです。

中国共産党創立90周年に際し、一つの提言をさせていただければ、現中国共産党政府の負の遺産「天安門大虐殺」を引きずっている「天安門広場」の名称を変えてみては如何でしょう。

中国共産党政府は、党の都合で様々な名称変更など日常茶飯事であり、1968年に「尖閣海域」で石油の埋蔵が確認されるやいなや、すかさず外国からの賓客を招く迎賓館名を「釣魚台迎賓館」(因みに日本名は「魚釣島」)として、「尖閣諸島は中国の領土」との宣伝工作をスタートしたり、なかなかどうして強かです。

そのような共産党政府であれば、血に呪われた「天安門広場」の名称を変えることで、中国国内で暴動が頻発してる現状を踏まえ、人民に共産党政府が民主的に生まれ変わったことを世界に向かって宣言することも一案と思うものであるが如何か。

そこで天安門広場の名称を、中国人民から募ることが最善かと思われるが、提案させていただければ、孫文の雅号「中山」から「中山広場」とか、旧北京の名称「北平」から「北平広場」、そして「国花」から「牡丹広場」など、参考になればと思っております。

拙ブログを閲覧されていらっしゃる世界48カ国の皆様方には、賛同していただけると思っておりますが、是非とも中国政府に検討してもらいたいものです。

※中国に歴史を直視するように提言するには、先ずは日本人自らも歴史の事実に向き合う必要がありますので、その為に上梓した『「反日」包囲網の正体』を一読していただきたいものです。《『「反日」包囲網の正体』で歴史認識問題終結祭り!★期間;5月30日(月曜)から6月26日(日曜)まで。★紀伊國屋書店新宿本店・大阪梅田本店・各地区本店;ネットはAmazon》★《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/?mode=m&no=377&cr=765b6a62cad2cb531ee7f1c546902c32》

※ジャーナリスト水間政憲;ネットだけ転載フリー《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/》

Originally published on Mizuma’s blog 「水間条項」国益最前線.初出:水間政憲のブログ「水間条項」国益最前線 Read the original ↗元記事を読む ↗

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