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※写真は、靖国神社本殿裏の日本庭園池の錦鯉です。
●拡散《Ⅰ;零戦の運命が物語る現代人への指針》
■昨日、靖国神社遊就館に展示されている「零戦」の前で、「超人大陸」の動画を収録して来ました。これから動画で数回、一般の国民が知っているようで知らない靖国神社を紹介する予定です。
その時、解説するために調べたことを参考に記載します。
日本の軍用機や大砲など兵器の名称は、昭和4頃まで元号の年次を付けていまたした。例えば明治38年に制式採用された歩兵銃は「38式歩兵銃」としたように、昭和4頃を境に皇紀の下二桁を使用するようになりました。それは、大正時代が短く、大正4年を4式とすると、昭和4年も4式となり混同を避けるためです。
それで、昭和15年は皇紀2600年当たり、ゼロゼロのゼロを採用し、制式名称「零式艦上戦闘機」(レイシキ…)となっています。
当時、部隊関係者は、略して「レイセン」とか「ゼロセン」と呼んでいました。また、皇紀2596年に制式採用された重迫撃砲は「96式重迫撃砲」と呼ばれていました。
海軍は大東亜戦争後期には、年次名称をつけることを止めて「紫電改」などの名称にしていました。
アメリカは零戦のコードネームを「ZEKE」(ジーク)とかそのままゼロを使用していました。
零戦は、昭和11年の「航空機種及性能標準;艦上戦闘機の項」に基づいて、三菱が堀越二郎設計主務者を中心に開発し生産しましたが、10000機以上の生産の過半数はライセンス生産で、中島飛行機現在の富士重工業が作りました。
★機種;艦上戦闘機使用別;航空母艦(基地)
★用途は、1:敵攻撃機の撃墜。2、敵観測機の掃討
★座席数;1
★特性;速力及び上昇力優秀にて敵高速機の撃墜に適し、かつ戦闘機との空戦に優越すること。
★航続力;正規満載時全力1時間
★機銃;20ミリ1~2。1の場合1は7.7ミリを2追加。弾薬砲は20ミリ1につき60。7.7ミリは1につき300。
★実用高度;3000~5000メートル。
などを要求されていました。
エンジンは中島飛行機製の「栄」が採用されました。
当時、飛行機のエンジンは最先端技術で、当時独自に設計開発できた国は、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアと日本だけでした。
栄エンジンは、空冷14気筒1000馬力の高性能エンジンだった。今のF1の技術水準に当たります。
そして日本の艦載機としては、飛行時に「引き込み式主脚」を取り入れたのは、零戦が二番目だった。
高い戦闘能力は、昭和15年9月、重慶に出撃してから大東亜戦争の初期には無敵だった。その頃のアメリカ軍に「ゼロとドッグファイトをするな」と怖れられていました。それは、零戦の横・縦の旋回能力と航続距離が格段に優れていたからだった。当時のアメリカ軍機は数秒背面飛行するとエンストするためだった。(Ⅱ;へ続く)
※ジャーナリスト水間政憲;ネットだけ転載フリー《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/》

