◆この論文は、郷土から離れて20年以上経った者がノスタルジーだけでなく、
それまで得た知識などを活かして故郷の活性化を願って纏めたものです。
実際、執筆当時から一段と人口が減った現実を帰省する度に目にするにつけ、
故郷消滅の危機的状況を救うギリギリのところが現在と認識して、
30年前の提言にプラスする形で論述します。
尚、新たな提言を小樽以外でも斜陽に悩んでいる地域で利用できるのであれば
多いに使っていただければ幸いです。
2023年9月24日
水間政憲ジャーナリスト・近現代史研究家
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●私の提案に対する行政による対応によっては、
少ない予算で大きな変化のきっかけになるのではと思われるが、
私が直接、行政機構と交渉して、大きい変化のきっかけになった企画を
実例をもとに参考として述べてみたいと思う。
現在、北海道及び東北各地で、冬のイベントとして、
夜の雪像及び氷像にカラー照明を投射して、活況を呈しているが、
一九八四年二月「札幌雪まつり」において、
HBC主催の雪像に夜十時頃カラー照明を投射したのが最初なのである。
当時「札幌雪まつり」は、夜六時も過ぎると閑散としており、
雪まつりに観光で来ている人々は、夜の時間を無駄に過ごしていたのである。
また、私のイベント作品に対する、
札幌雪まつりの実行委員会の窓口として対応に出てきた
札幌市経済局観光課と札幌市観光協会の方の説明によると、
「札幌雪まつり」の規約の中に「雪像は白でなくてはならない、色を付けてはいけない」
などの条文があり、難しいとの返答であったが、
その後、面談の席で札幌雪まつりの現状と問題点を指摘して、
誠意をもって説明した結果、数日後に規約違反にならない範囲での
イベント作品の実証実験を承認していただき、
HBCの雪像を使用することになったのである。
その時に指摘した問題点として、北海道出身者としても、
世界の歴史建造物をいくら目先を変えて表現しても、一度見たら満足してしまい、
リピーターとして観光客を呼び込むには、現状だけでは魅力にかける。
新たな発想に基づく企画が必要である。
観光客はホテルに宿泊し、夕食後の時間を無駄に過ごしているのであり、
夜にまた会に場足を運ぶ効果と必要性、規約の白でなければと、
色を付けてはいけないに対して、色を投射する行為は、付けるとは違い、
規約に反しないとの申し入れを行ったのである。
私の申し入れに規約違反にならない範囲での承認を、
出していただいた行政機構の中で仕事をしている人々にとっては、
新しいものに対する判断をなかなかしたがらない状況で特筆にあたいするのである。
札幌雪まつりの私が発案した、カラー照明によるイベント作品について、
新しいものを発想する参考として少し述べる。
一九八三年に京都平安神宮に於いて、ヨーロッパから帰国した、
石井女史がヨーロッパ各所の名所、旧跡で体験したライトアップを模したイベントは、
夜も建物を昼と同じように見える事が、
出来るようにした技術レベルの問題だったので、光の三原色を追い求めて、
作品を制作していた私としては、照明を使用した創造行為とは、
こうあるべきとの思いから、雪像にカラー照明を投射したのである。
私が一九七三年より、三原色の光をテーマに、平面作品として、
白のフオーマットや黒のフオーマットに三原色の変化と連続性を表現していたのを
空間に応用したのが、空間そのものを作品としたアート・キュー・ビックであり、
延長線上で夜の雪像にカラー照明を投射したのである。
芸術的創造とは、対象となる個体(造形)に新しい生命を与えることであり、
見る側がそれを美しいと感じた時、人は感動するのである。
平面作品から雪像へカラー照明投射にいたる転回に興味のある方は、
小樽市立美術館に所蔵されている私の作品を見ていただければ、参考になると思う。
小樽の雪まつりは、私の子供の頃の記憶では、
札幌より小樽の方が早いと聞かされていたが、
現在ではどのようになっているのであろうか。
スキーも国体やオリンピックの代表選手をキラ星のように輩出して、
オリンピックなどでメダリストが出ても、大多数の小樽市民は無関心のようである。
それは、教育の場に於ける、行き過ぎた平等主義の弊害が、
日本を代表するヒーローが出ても
敬意を払う事を好まない街になっているのではと思われる。
私の発案が、「札幌雪まつり」、「紋別流氷まつり」などが取り入れて、
活況を呈している報道を見ると、少々複雑な心境になる。
そこで、小樽の冬のイベントとして、札幌雪まつりとの差別化をはかり、
「小樽雪の動物園」を提案する。
以下第4弾に続く
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これまで造形作家としての活動を封印して言論に集中してきたため、
雪の北海道のカラー照明化の先駆的イベント先駆けを実施したことは、
当時のテレビニュースや新聞報道で明らかですが、
今後、ロシアの脅威から北海道を護るため芸術家としての実績を封印から解き、
道産子の覚醒に微力を尽くす所存です。
2023年9月24日
水間政憲ジャーナリスト近現代史研究家
第4弾記事
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