※写真は、小樽鉄道博物館に展示されている明治時代のSL「しづか号」です。
●《新撰組「誠」の哀愁が漂う街、小樽》
■NHKの歴史ヒストリアは「新撰組副長・土方歳三」でした。
戊辰戦争最後の戦いで、函館に集結した榎本武揚と土方歳三たちの活躍も虚しく函館戦争で土方は戦死しました。土方の最後まで「誠」を貫いた姿は哀愁が漂っていました。
土方の最後のことばは「われ退くものは斬る」だった。同志といえども戦わないものを斬るとなると、現在、我が国から保守政治家は殆どいなくなってしまいます。
こんにち新撰組をドラマやメディアで取り上げることができるのには訳があります。
それは、新撰組のメンバーだった14名は、函館戦争で新政府軍が勝利すると、小樽龍徳寺に匿われていました。また、松前藩士を脱藩して新撰組二番隊組長になっていた剣豪永倉新八も小樽に移り住んでいました。
その永倉新八(杉村義衛)が、小樽で『新撰組顛末記』を上梓したことで、明治時代に擦り込まれていた、新撰組を単なる人斬り集団との見方を見直す契機になって、今日に至っているのです。小生が小樽にいたころ新八の子孫が、まだ薬局を経営していたが、まだあるかどうか。
小樽では、榎本武揚が土地開発会社「北辰社」を経営し、多数の会津藩士が小樽に移り住み永倉のほかにも新撰組だったものが榎本の土地開発会社で働いていたり、歴史的に判官贔屓の強い土地柄からか。ひがみぽっい人間が多い。よく言えば哀愁が漂っている街です。
戦後はシベリア抑留者だったものが小樽を根城に、日教組の母体を創設していた。
前述したこともあるが、小生が子供の頃、よく遊びに行っていた家のおばあちゃんが小林多喜二の実の母親でした。
ただ小林多喜二の母親は、正義感の強い明治時代気質の女性でした。
福島瑞穂の政見放送に、同席していた「九条の会」の医師で、ミーハー精神科医の香山リカも小樽育ちのバリバリの左翼で、小樽では知られていますが、小樽生まれ小樽育ちの京極夏彦は、いまだに無視されています。なぜなのか理解不能です。
今の時代の判官贔屓は、反民主党と考えると、小生の行動はまんざら間違っていないことになりますが、小樽では完全に無視されています。
≡≡≡≡以下東京都ホームページより≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
【東京都尖閣諸島寄附金】
http://www.chijihon.metro.tokyo.jp/senkaku.htm
みずほ銀行 東京都庁出張所(店番号777)
口座名「東京都尖閣諸島寄附金」
普通預金 口座番号 1053860
連絡先
東京都 知事本局 尖閣諸島寄附担当
直通電話 03-5388-2206
FAX 03-5388-1215
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〒163-8001 東京都 知事本局 尖閣諸島寄附担当
電話受付時間 月~金 9:00~18:00
(国民の祝日等の閉庁日は除きます。)
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南京の実相―国際連盟は「南京2万人虐殺」すら認めなかった
■『南京の実相』は日英文併記本です。「『南京の実相』を国内外のメディア 図書館等に寄贈する会」は、情報戦を実施するために、皆様の御支援・御協力をお願いしております。主に海外の影響力のある個人と組織体に『南京の実相』を寄贈することの他、南京「大虐殺」記念館や南京大学・上海交通大学・北京大学・精華大学など海外の大学に、中国が「大虐殺」があったあったと喧伝している同時期に写した、南京城陥落後の「いつ、何処で、誰が」撮ったのかハッキリしている、朝日新聞や毎日新聞などの写真パネル(約40枚)を寄贈する計画も立てております。
また、寄贈予定の写真パネルには、少年少女がたくさん写っています。その少年少女たちは、生存されていらっしゃると思いますので、是非、「南京大虐殺記念館」で写真パネル展を開催していただき、少年少女を探し出して、のどかで平穏なその写真の情景を解説していただければ、これに優る「日中国交正常化40周年友好イベント」は、無いと考えております。
現在、国内は政治家や各大使館・国内外メディアなどへ『南京の実相』をピンポイントで発送しております
尚;『寄贈する会』の計画が、皆様方の御支援・御協力により、予定通り実施されると、数年内に「南京虐殺」問題を粉砕できますので、宜しくお願い致します。『南京の実相』は全国の紀伊國屋書店にて注文・購入ができます。
※「『南京の実相』を国内外のメディア 図書館等に寄贈する会」代表 ジャーナリスト水間政憲;ネットだけ転載フリー《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-591.html?cr=ba5237382c263b508786a3b46575c7c8》(条件;上記全文掲載)