■国会で一次資料に基づいた歴史認識を語れる時代が来たと誤解されていらっしゃる方が、沢山いらっしゃるようです。
実際、扉は開けられましたが、現実はまだまだ厳しいのが現状なのです。
昨日、夕刊フジに掲載される予定の西川京子先生の記事が、保留になったのが現実です。
今回、中山成彬先生と西川京子先生が、決死の覚悟で衆議院予算委員会で採り上げて頂けましたが、皆様の圧倒的な支持を反日メディアや反日国家の大使館情報部に客観的に見せ付けることができなければ、数ヶ月後には潰されてしまいます。
人間には、それぞれの立場たちばで、できることは違いますが、役割分担して一致団結できれば、中国や韓国のロビー活動など吹き飛ばせます。
反日国家やメディアと言えども、決定的な一次資料には太刀打ちできません。
一昨日は、重大な外交関係のニュースがありました。
それは、日本と台湾で漁業交渉を妥結したことです。この裏には3月8日に中山成彬先生が国会で指し示した台湾国防院作成の「尖閣地図」が台湾側に影響を与えたと捉えることもできるのです。これが一次資料が武器になる情報戦の基本なのですが、それを理解している国会議員は極わずかです。
靖国問題も中国人民共和国建国の「母」である周恩来が、日露戦争後の1918年に靖国神社春の大祭を拝観して大感激した日記の存在は、現中国政府が周恩来を糾弾し共和国が除名処分しない限り、今後、靖国神社公式参拝を批判できなくなったのです。
また、西川京子先生がパネルで明らかにした1937年12月13日に南京城の中山門上から城内を撮した写真は、戦後初めて明らかにされたスクープ資料です。また、1938年元日、南京市自治委員会発会式の写真もスクープ資料です。それは、城壁上の同委員会の関係者へ向かって、中国人市民が日の丸を打ち振っている微笑ましい最中にも虐殺が行われていた時期だからです。なぜこの写真が、重要なのか明らかにしますが、同自治委員会が1937年12月23日に発足し、翌日から中国人便衣兵(ゲリラ)の選別作業を日本軍に協力し、自治委員会は一緒に行っていたのです。それが落ち着いた1938年元日に発会式を挙行していたのです。
となると、南京城内での「30万人大虐殺」は、日本軍と南京市自治委員会会員と、その会を支持し日の丸を打ち振っていた中国人と共同で、「南京大虐殺」を実行したことになるのです。
西川京子先生が、南京問題は終わっていると啖呵をきったのには、まだ未発表の写真資料の存在を確認されていらっしゃるからです。朝日新聞が、西川先生を潰しに来たら、先に朝日新聞は弾け飛ぶことでしょう。
覚醒されていらっしゃるインターネットユーザーの皆様、西川京子先生と中山成彬先生を敵対勢力から守るには、圧倒的な国民の支持があることを客観的な数字で知らしめることが必要なのです。
それにはYouTubeにアップされた動画のアクセス数を個々のトータルで最低でも100万回越えを見せ付けれることが必要です。
http://m.youtube.com/watch?v=yjlfazMLo-c
【「神回」衆議院予算委員会・西川京子議員】
また、昨日、産経新聞一面トップに西川京子先生と中山成彬先生が紹介され、近隣諸国条項の廃棄を検討などと、突っ走った記事を書いてました。それを後押しするためにも、安倍首相のフェースブックに、西川京子先生がもっと長い時間、今後の予算委員会で質疑できるようにコメントをお願い致します。
それぞれ出来る情報戦は、いろんな方法がありますので、小生は「新兵器」(スクープ資料)を皆様に提供できるように頑張りますが、皆様方も今年が我が国再興の分水嶺と認識して戴き、共に一致団結し敵対勢力を粉砕しましょう。
※ ジャーナリスト水間政憲;ネットだけ転載フリー《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/》
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