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■北の港街、小樽は、榎本武揚(佐幕派)と北垣国道(官軍)が、小樽駅前から港に向かって左側を榎本、右側を北垣が分け合って国から払い下げを受けたことで開発された歴史がある。
ところが、地元小樽の住民は、それらの歴史に興味がないのか、ほとんど語られることはない。
それは、戦後、日教組発祥の地の弊害か、伝統を語り継ぐことがタブーになったようだ。
小樽市は、1970年頃を境に人口が減少し始め、現在、毎年2000人づつ減って、13万人を切るのも時間の問題です。
反日民主党政権が目指している日本の姿を、一足先に小樽市に見ることができるようだ。
観光都市のイメージも、たまたま斜陽都市だったことで手に入れることが出来ただけで、いまだに小樽の商人(住民)は、観光都市としての自覚がないのが現状です。
そもそも社会主義思想にシンパシーを抱く「道産子」は、リアリティが欠如している欠点があります。
小樽の住民は、クラーク博士が札幌農学校教頭に赴任するとき、小樽に船で来たことをほとんど知りません。
明治9年6月、黒田清隆北海道開拓使長官一行は、船にクラーク博士や農学校一期生16名を乗せて小樽に到着していたのです。御一行を出迎えたのは、調所広丈・札幌農学校校長だった。その時、クラーク博士が初めて和風旅館で休憩した「越中屋旅館」は、小樽に現存しているが、現「越中屋旅館」の主は、その事実を知らないとのことだった。
その後、黒田長官やクラーク博士は、調所校長の案内で、軍人道路(軍用道路)を一路札幌へ出発している。
来年、6月に榎本武揚が建立した小樽龍宮神社の参拝と「クラークの道」(軍人道路)を散策するツアーを企画してみようと思っています。
★拡散《小樽龍宮神社で「日本鎮護」を祈願した麻生太郎元首相と中山成彬・恭子ご夫妻。龍宮神社は日本復興の聖地です!》《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/?mode=m&no=358&cr=b4c25a2cc273801e6f752538a0976932》
※ジャーナリスト水間政憲
《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/》

